吉原 一真 (1987年01月号)
人間はだれかを愛せずにはいられない。夜未知のおばあさんから電話がきた。誰かわからない。年の頃なら六十五・六才の感じである。名前をきいたが、「今田です」という。以前に一度わが家へ来たことがあるという。「猫がいるんです。八匹いるんです。家族の者はだれ一人いるわけではない。天涯孤独だという。主人には早く先立たれ、親の残してくれた土地建物と、それに猫が八匹いるという。
はじめは二匹だったが、おばあさんのところは猫好きだというので、棄てていったのである。いつの間にか八匹になったという。
なれて次第に愛情がわいてきて、今の家を売って、もっと田舎に土地を買い、家を建てる計画だという。
年金だけでは苦しいのだ。「いったいいくらもらってるんです」ときくと、軍人恩給で扶助料が二十万ばかりだという。
「足りませんか」ときくと、八匹の猫の食いぶちと、「それにお便所の砂も高いんですもの」という。
「公園の砂でももってこられたら」というと、「あれは砂じゃありません、泥です」
砂も買ってるという話だ。市内のマンションやアパートはいけないという規定がある。
愚痴をきいてやるだけで、何の知恵も浮かばない。木に登れなくなる、柱で爪をとぐことも出来ない。もうこうなった猫でなくなる。
私の家には猫はいないが、仔犬が一匹いたことがある。私は犬の食事係だった。
この犬はドッグフードが嫌いらしい。ドックフードにはちょいと横をむく。自分の好きなものを要求しているのだ。牛、豚、鳥が好物である。一度犬の好物をさがしに行き、ボーイとごたごたした。「犬の餌はないよ」
娘とおくさんは大喜びだ。犬はやらなくとも文句はいわない。バラ肉のシチュー、骨つきのステーキ、鳥のレバー、サラシの切れはし、私が冷蔵庫の扉を開けたら
「お肉はだめですよ。私たちがたべるんですから」
こうなると、犬の催促を無視しなくてはならない。
猫もたいへんだが、犬はもっとたいへんである。人間はだれかを愛せずにはいられない。さあどうしたらいいのか。