小倉 肇 (1979年06月号)
三重は海国であり山国である。
鈴鹿、台高各山系よりほとばしる幾百の谷の流れは処々に合し、幾10かの河川となり、伊勢と熊野の海に注いでいる。
三重各地で川開きの日とされていたのは、水天宮の祭日にあたる旧の五月五日、あるいは6月4日の両日が多く、これ水天宮の神使とされている河童伝説と関連があってのことである。
昔の人々の生活の知恵は、海岸や河川の危険な箇所に必ず河童を棲まわせ、子どもを1人でそんな場所へ近づかせないように配慮をしていた。
河童族の総社にあたるといわれる北牟婁郡海山町大白神社の祭礼には、河童族一同社前に生き肝を献じるきまりがあり、そのため6月14日の祭礼日は危険なので、子ども達を水遊びに出さないという習慣がいまでも熊野灘一帯に残っている。
宮川の淵、雲出の谷、あるいは香落の谿などのそこかしこ、幻想の世界に確かに生きていた河童たち───。
プールという人工の囲いの中でなく、自然の川や海でさざめき戯れる子ども達の姿とともに、彼等が三重の荒磯や谿流に再び返ってくる日があることを心から願うものである。