小倉 肇 (2007年07月号)
水無月の朝顔すずし朝の月(三浦樗良)
冒頭の樗良の句は季語も用語も重なり合って作句の常法よりはずれた作品ながら水無月という季節を抒情的に表現し尽くしている名句である。
水無月とは旧暦六月を指すが太陽暦では七月にあたり酷暑の最中である。この月をあらわす季語は他に風待月、常夏月などがあり、いずれも盛夏を意味している。
この句は酷暑の風景にあって朝顔の花、残月、朝夕にふと感じる涼風といった清澄な気配に関心をむけ、きたるべき季節への予感を敏感に捉えている。
樗良は現伊勢市在住の俳人である。芭蕉の死後、明和年間から安永年間にかけての18世紀後半に活躍し、蕪村、暁台、麦水等と並び「蕪門中興六大家」の一人に数えられるほどの業績を残した我が国の俳文学上著名な俳人である。
樗良の出生地については鳥羽説、熊野長島説などさまざまであるが、人生の大半を過ごしたのは現伊勢市山田である。没年は1781(安永9)年、52歳で菩提寺は同市尾上町の寿厳院である。同寺の境内には、「我が庵は榎ばかりの落葉かな」という句を刻んだ句碑が立っている。