八月 原爆忌

小倉 肇 (2007年08月号)

太田川我も灯りて流れゐる。(橋本輝久)

 最近なんとなくわたしたちの国が騒然としてきた感がある。「戦後レジームからの脱却、美しい日本、憲法改正」等々の言葉が飛び交いいっそう不安を掻立てる。
 戦後レジームはほんとうに悪なのだろうか。軍国主義という破滅の道を直進し、挙句の果てに国を焦土と化した反省から生まれたこの枠組が、日本に60年の平和な歴史を享受する結果をもたらせたのではないだろうか。
 そんななかで防衛大臣が「広島、長崎への原爆投下はしょうがない」と公言する始末である。
 1945年8月6日、9日、落とされた2発の原爆は瞬時に30万人の命を奪ったのである。国際司法裁判所は原爆を人類にとって罪悪として弾劾している。
 原爆投下の日、広島市内を流れる太田川の川面は死屍累々たる惨状を呈した。冒頭の句は毎年巡り来る原爆忌、同時代を生きた者として、死者の無念さを思い、その川面を漂う魂に思いを馳せた重い句である。
 作者、橋本輝久は1939年広島生まれ。戦後父の故郷である南勢に身を寄せ、三重大を卒業後三重県の教員となる。社会科教育分野で優れた実践を積み、長年にわたり教育研究三重県集会(県教研)の助言者をつとめるなど民主教育の推進に大きな功績を挙げられた先輩の一人である。また俳人として『国見』『歳々』などの優れた句集により県下を代表する俳人として著名である。


三重歳時記 2007年