小倉 肇 (2008年4月号)
葬の列葱の花まで続くなり(吉田さかえ)
昨年の暮れ、度会郡大紀町在住の俳人、吉田さかえさんの訃報を風の便りに聞かされた。すでに半年を経てからのことで、とにかく弔意をと滝原宮ちかくのお宅をお訪ねしたがご家族は都会に出ているとかで閑静なお屋敷の玄関は閉ざされていた。
本名は吉田栄、郵便局の職員でまじめで温厚な性格からか周囲より組合の役員に押され、70年代から80年代にかけて三重県の全逓労組にあって信望厚い労働運動の指導者であった。当時三重県教組の組合運動を支えていた人々のなかで、角屋堅次郎さんや坂倉藤吾さんなどの国政選挙を吉田さんとともに戦った覚えのある人も多いのではないだろうか。
葱は春になると茎の先にまるで小僧さんの頭のような小さな花が固まった球状の花群をつける。擬宝珠のような形でもあり葱坊主、葱の擬宝などといわれる。可憐な葱坊主たちの群立する畑の中を葬列が行く晩春の田園風景はまさに哀切ではあるが風雅の絵である。
清流宮川の上流にある郷里滝原をこよなく愛し、労働運動家として、郵便局長として、俳人としてそれぞれの接点で彼を知る人々から敬愛された吉田栄さんをしのぶにふさわしい句である。