小倉 肇 (2008年6月号)
万緑という淋しさの中にあり(松岡悠風)
6月に入ると山々の緑は一層濃さを増す。伊勢平野では見渡す限りの青田が風にそよぎ、野も山も緑一色に染め上げられる。
伊勢に大神宮が祭られたのはこの地の地勢、気候が稲作に最も適していたからであるという。温暖にして鈴鹿山系より発する鈴鹿川、雲出川、台高山系を水源とする櫛田川、宮川という水量豊かな寡占に恵まれた伊勢は農耕民族にとってまさに理想の地で、そこに信仰の聖地が置かれたのは当然の帰結かもしれない。
亀山市関町より鳥羽市まで伊勢平野の山際を縫う伊勢高速道は初夏になると文字通り万緑の中を駆け抜ける道となる。その鮮やかな緑の世界は美しいだけではなく哀しくもある。冒頭の句はこの季節の伊勢の国の自然美を見事に表現している。
作者は本名松岡忠男、大正9年、当時の三重郡竹永村に生まれる。三重県警察官として在職中より俳句に親しみ上野警察署長を最後に退官後、三重県俳句協会の設立に尽力された。平易にして格調ある俳風で知られ句集には「郁子」「春の月」などがある。